


一人台本
台詞

(酒場のカウンター席のイメージで)
すみませんね、ご心配かけてしまって…
あ、お酒いいですかね?
いえ、あなたが仕事中なのは分かってるんですけど、こんな話…、飲みながらじゃないと話せませんから…
(間を開けて、一口飲む等)
それで…、あの日に起きた事…、ですね
大筋はよくある話ですよ…。
人気のない夜道、女の一人歩きで、不審人物に付けられて襲われかけた…。よくある話です。
ただその…、不審人物というのが…、普通じゃ…なかったというか…
物凄く大柄で、頭からフードをかぶっていて、顔が見えなかったんですが…
今にして思うと、頭が異様に大きくて…
その頭が、ビクビクと小刻みに…、揺れているというか、痙攣してると言った感じで…
こっちが茫然としてると突然、腕をつかまれたんです。
それが、人の肌の感触じゃなくて、ヌメついた粘液の感触で…
そう、魚…、特にナマズやウナギを掴んだ時に近い感覚でした。
掴まれた途端に、そいつが喚いたんです。
人間の声と思えないくらいの…、重くて低い声…
何を言ったのかは分かりません。少なくとも日本語じゃなかった…
そういえばその時…、やっぱり腐った魚みたいな匂いがしました…
海も遠いし、市場があるわけでもないのに…
それで…、無我夢中で腕を振り払って走って逃げたんです。
家に帰って、家中の鍵を閉めて回って、布団に潜りこみました。
しばらくすると、家の外から足音がするんです…。
ビチャビチャと、重くて湿った足音が…。
ドアのノブを回そうとする音も聞こえましたし、家の周りを物色するようにグルグルと足音が回っていたんです…。
いつドアや窓が破られるかと、恐怖でどうにかなりそうでした…。
ふと気が付くと…、足音はいつの間にか聞こえなくなっていて…
窓からは朝日が差し込んでいました…。
それから数日、またそいつが来るんじゃないかと思うと、外を出歩くこともできなくて…
でもその日以来、特に何もありません…、今のところは…ですけど。
あ、それと掴まれた腕なんですけどね…、まだアザが残ってるんです…。
これ…、どう見ても人間の手じゃ…、無いですよね…?
話は、それだけです…。
あ、いえ、私はもう、この話に関わりたくはありません…。
それでは、この辺で失礼します…。
余計なお世話かもしれませんけど、あんまり深入りしない方がいいと思います…。
人間が近づいちゃいけない…、この件は、そんな類の話だと思うんです…。
それでは…。
【作:水城洋臣】