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導きの魔女 -無くした記憶-

作 フジタハナ


【登場人物】


周子 しゅうこ ♀ 「心のよろず屋」の主。

柳田 やなぎだ  ♂ 同棲中の彼女が失踪し「心のよろず屋」へと誘われる。普段は気の弱い男。

猫 (周子兼任)  鳴き声だけです。


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【配役表】

周子:

柳田:

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柳田M 愛する恋人がいなくなった。

         同棲していたアパートから、荷物もそのままに、忽然と姿を消したのだ。

    どこへ行ってしまったんだろう。

    彼女の事を思うと夜も眠れず、ただただボンヤリと毎日を過ごしていたある日、

    俺の前にその屋敷は現れた。

    普段通らない路地裏の、夕暮れ時の事だった。

柳田 「あの・・・。」

柳田M 吸い込まれるように大きな門をくぐり抜け、そっと玄関を開けた。

    薄暗い灯りと広い廊下が見えた。人の気配はない。

柳田  「ハァ・・・。俺は何をしているんだ・・・。」

周子  「いらっしゃいまし。ようこそ旅のお人。」

柳田  「あ!!!・・・いや、すみません。なぜここに来たのか自分でもわからなくて・・・。

 

     勝手をして申し訳ない。」

周子  「お気になさらずに。この屋敷に来たということは、あなたは導かれたのでしょう。どうぞこちらへ。」

柳田M  この時の俺は、彼女に言われるがまま、吸い込まれるように、案内された部屋へと向かった。

周子  「こちらへ、お掛け下さい。」

柳田  「あ・・・はい・・・。 あの、ここはどーいった場所で・・・」

周子  「ここは「心のよろず屋」。 自分一人では抱えきれなくなった思いを、解決とまではいかないにしても、

 

     次の場所へと導くところです。」

柳田  「はぁ・・・」

周子  「…さて、あなたのお名前は?」

柳田  「柳田と言います。」

周子  「柳田様ですね。ワタクシは周子と申します。この屋敷の主でございます。」

柳田  「こんな大きなお屋敷を切り盛りされているなんて、ご立派ですね。」

周子  「とんでもございません。さぁ、柳田様、お話をお聞かせ下さい。」

柳田M  彼女の瞳を見ていると、まるで何もかもを見透かされているような気分になり、俺は目をそらした。

柳田  「・・・あの、実は・・・恋人が消えてしまいまして。」

周子  「はい。」

柳田  「・・・荷物も全部アパートにあるし、一体どこへ行ってしまったのか。」

周子  「心配ですね。」

柳田  「えぇ、もう・・・何も手につかなくて・・・寝ても覚めても彼女の事ばかり考えてしまって・・・。」

周子  「少し落ち着いて下さい。さ、こちらをどうぞ。」

柳田M  出されたコーヒーを一口飲み、体の中がじんわりと温まるのを感じた。

周子  「お付き合いされて長いのですか?」

柳田  「3年程の付き合いです。同棲は1年前から。」

周子  「彼女を愛していらっしゃる?」

柳田  「えぇ、もちろんです。彼女なしの人生なんて考えられないほどで・・・。」

周子  「そうですか。」

柳田  「今、自分が何をしているのか、何を見て、何に触れて、何を聞いているのか、

 

     ボンヤリしていてわからないんです。

     まるで、違う世界にいるように感じる。」

周子  「・・・・あなたはこの先、どうしたいのですか?」

柳田  「・・・彼女を見つけて、今までのように一緒にいたい。」

周子  「(小声で)本当にそれだけでしょうか?」

柳田  「え?」

周子  「では、真実を探りましょう」

柳田  「しん・・・じつ・・?」

周子  「えぇ。ワタクシの手に触れて下さい。そしてこちらを見て…」

柳田M  周子さんの温もりが彼女の温もりを思い出させ、余計に思いを募らせる。

周子  「柳田様、ワタクシの目を見て・・・。何か、見えますか?」

柳田  「・・・俺が見える。疲れ果てている俺の顔・・・・いや、その奥に何か・・・」

周子  「よぉく見てください。その奥に、何か見えますか・・・?」

柳田  「あっ・・・あれはなんだろう? 何か、黒い・・・いや、赤いものが・・・」

周子  「さぁ・・・誘(いざな)われましょう。真実の旅へと・・・。」

柳田  「・・・・!!!」



   間。柳田の過去1。 

   光りに包まれる柳田。白く光る世界にポツンと柳田と彼女が過ごした部屋が見えてくる。


柳田  「こ・・・これはいったい・・・。」

周子  「この景色に見覚えはありますか?」

柳田  「あぁ、これは・・・、同棲をはじめたばかりの頃だ。」

周子  「あの方が彼女ですか?」

柳田  「そう、彼女です。」

柳田M  久しぶりに見る彼女の姿に、熱いものが込み上げてきた。

柳田  「・・・・あぁ、久しぶりに彼女を見た。一体どこへ行ってしまったんだ・・・。」

周子  「少し、時をすすめてみましょう」


   間。柳田の過去2。 そっと涙を拭った瞬間部屋の様子が変わる。


柳田  「あっ・・・これは・・・。彼女の誕生日だ。俺は指輪とケーキを買い、

     ささやかながらお祝いをしようと思って・・・。そして彼女に・・・。」

周子  「彼女はいませんね。これから来るのですか?」

柳田  「えぇ・・あっ、ほら!彼女がやってきた。」

周子  「とても慌ててらっしゃいますね。」

柳田  「(クスッ)彼女は慌てん坊なところがあったから。」

周子  「・・・そうですか。」

柳田  「あぁ・・彼女が息をしている、存在している・・・。」

周子  「柳田様。よぉくご覧ください。彼女の頬が赤く染まってます。」

柳田  「あぁ、この日は寒かったから・・・。ほら、白い息がこぼれて・・・。」

周子  「・・・そうですか。・・・では、時をすすめてみましょう。」

柳田M  彼女の赤い頬を見た時、何故か電流で打たれたような感覚があった。

     しかし些細な事と思い、周子さんに伝えなかった。



   間。柳田の過去3。


周子  「また、あなた方の部屋ですね。」

柳田  「あぁ、これは彼女が猫を拾ってきた時だ。」

周子  「可愛らしい子猫ですね。」

柳田  「俺も猫が好きで、本当は動物を飼ってはいけない部屋だったけど、内緒で飼うことにしたんだ。」

周子  「そうですか。 あらあら、部屋を飛び回ってやんちゃな子ですね。」

柳田  「(クスッ)とても元気な子だった。」

柳田M  あれ?つい半年前の出来事なのに、今、この子はいない・・。どうしてだろう・・・。

周子  「ミルクを飲んでいますね。・・・あ、お皿をひっくり返した。」

柳田  「あっ!・・・・え?」

周子  「猫を・・・掴んで・・・叩きつけた・・・。」

柳田  「・・・は?」

周子  「あなたは彼女に罵声を浴びせている。」

柳田  「え・・・なんだこれ・・・。」

周子  「彼女を叩いて、引きずり倒した。」

柳田  「!!!」

周子  「彼女は猫を庇っていますね。」

柳田  「いや・・・、俺はそんな事したことがない・・・。」

周子  「あなたは猫に引っかかれた。そして、」

柳田  「そして・・・?」

周子  「猫を・・・窓から・・・投げ捨てた・・・。」

柳田  「!!!・・・どーいうことだ・・・。俺にこんな記憶は・・。」

周子  「・・・もう少し、時をすすめてみましょう。」 

柳田M 俺の中にはない彼女との記憶。

    俺の心臓は破裂しそうなほど鼓動が鳴っていた。

    ドクンドクンと脈打つたびに、記憶にない景色が脳内を駆け巡る。

    体中びっしょりと汗をかき、浅く早い呼吸が、静寂な空間に響いていた。



  間。柳田の過去4。


周子  「次は・・・部屋ではありませんね。駅でしょうか、雪が舞っている。」

柳田  「これは・・・・近くの駅だ。」

周子  「もう少しこのまま様子を見てみましょう。」

柳田  「・・・・・・・あっ・・・電車が来た。」

周子  「彼女は・・・あなたに一礼をして、何かを渡しました。」

柳田  「・・・指輪だ・・・。」

周子  「・・・もう少し、様子を見ますか?」

柳田  「あぁ・・・頼む。」

周子  「彼女は一人で電車に乗りましたね。真っ赤に頬を腫らしたまま。」

柳田M  心臓が痛む程の鼓動。景色が霞む。

周子  「これでおしまいのようです。」

柳田  「えっ?、これでおしまいってどういうことですか?」

周子  「この景色は、柳田様と彼女の共有時の景色です。おしまいという事は、二人で過ごした時間が

 

     ここで終わっているという事です。」

柳田  「・・・俺は全く覚えていない。しかもここで終わっているなんて・・・。」

周子  「あなたは、何も思い出せませんか?」

柳田  「へっ!?」

柳田M 唐突な質問に声は裏返り、記憶にない景色が脳内でハッキリ見えるようになってきた。

    が、こんな事ありえない。

周子  「ふむ・・・。では、少し時をすすめてみましょう。」



   間。柳田の過去5。


柳田  「今度は俺達の部屋だ。これはいつの時だろう・・・。」

周子  「あ、彼女が来たようですね。」

柳田  「あぁ。・・・でも・・・様子が変だ。」

周子  「やつれていらっしゃいますね。」

柳田  「こんな表情見たことない・・・。」

周子  「何かひどく怯えていらっしゃる。」

柳田  「顔が真っ青だ・・・。」

周子  「二人が怒鳴り合っている。」

柳田M  嫌な予感がした。

周子  「彼女が泣き出した。」

柳田M  ぐちゃぐちゃな彼女の顔。

周子  「あなたは彼女を引きずり倒した。」

柳田M  彼女の叫び声にゾクリとした。

周子  「髪を掴んで・・・ハサミで切り落とした。」

柳田M  もう、何も考えられない。

周子  「あなたの怒鳴り声が響く。」

柳田M  あぁ・・・、この恍惚とした胸の高鳴りは・・・。

周子  「彼女に向かってハサミを振り上げた。」

柳田M  でも、こんなのは人の感情じゃない。

周子  「彼女は呻きながら、床に丸くなった。」

柳田M  これが、本当の俺なのか・・・。

周子  「赤く・・・彼女が赤く染まっていく。」

柳田M  息ができないほどの甘美。もう、抗えない・・・。



  間。


柳田  「周子さん・・・。俺は思い出しました。」

周子  「そうですか。」

柳田  「ハ・・・ハハハ・・・。これが俺だったんですね・・・。」

周子  「そのようですね。」

柳田  「思い出したんですよ、昔の自分を・・・。」

周子  「・・・。」

柳田  「彼女との記憶を手繰りながら、昔の自分も思い出しましたよ・・・。」

周子  「どのような記憶ですか?」

柳田  「・・・俺は小さな頃から、イライラすると自分より小さな生き物に当たっていたんです・・・。」

周子M  ポツリポツリと、彼は語り始めた。

柳田  「初めて生き物を殺したのは、多分幼稚園の頃。アリやみみずを踏み潰したり、

 

     引きちぎったりしてました。」

周子  「生き物に対しての善悪は・・・。」

柳田  「なかったです。それが悪い事とは全く思わなかった。」

周子  「そうですか。」

柳田  「小学生の頃になると、流石にやっちゃいけないって認識できた。

     だから、見つからないようにコッソリと行うようになっていた。

     そして、年を追うごとに、大きな生き物を殺すようになった。

     フフッ・・・気に食わない同級生の飼っているモノとかね。

     高校生の時、同じクラスの女子に殺しているところを見られてさ。

 

     その女子は気の小さい子だったから、ちょっと脅してやったんだ。

     『この事を誰かに言ってみろ。お前の家族を殺すぞ。』ってさ。

     フッ・・・アハハハッ、その子は俺の言いなりになったよ。可愛かったなぁ。

 

     従順で俺の言うことを何でも聞くんだ。

     その子のカラダを締め上げて、ミミズ腫れになった肌にキスをするといい声で鳴くんだ。

 

     でも、少し物足りなかったなぁ。

     なんでも言うこと聞く女ってツマラナイんだなってわかった。

     ま、その関係もすぐ終わってしまったし、どーでもいいんだけどね。

周子  「柳田様は、本当にすべて思い出したようですね。」

柳田  「あぁ。思い出したよ。今の彼女と初めて会った時、冴えない女だなって思ったさ。

 

     でも何か直感があった。この女だったら一緒にいれるんじゃないかってね。

     この女の持っている何か強い意思みたいな、恋愛とは違う何かもね。それも全部含めて、

 

     俺は彼女に惹かれていった。」

周子  「彼女を愛していた?」


  間。


柳田  「愛していたよ。俺なりの愛し方だったけど。」

周子  「そうですか。」

柳田  「新鮮だったなぁ。彼女は俺に気を使ってアレコレ見ないようにしていたのがわかった。

     そのぎこちなさったら、・・・プッ、笑っちまう。

     あんなに一生懸命に尽くしてくれる女はいなかったなぁ。俺自身、改心するかもって思った位だ。

     でも・・・。」

周子  「でもあなたは、彼女を殺した。」

柳田  「・・・・・あぁ。」

周子  「あなたは彼女の気持ちを利用して、地獄に突き落とした。」

柳田  「・・・・・プッ、アハハハハッ!!」」

周子  「そんなあなたを、神様はどう思うでしょうね。」

柳田  「はぁ!? 神様って、急に非現実的な事言うなよ(笑)」

周子  「そうですか?あなたがご存じないだけですよ。」

柳田  「なんだよ神様って、いるなら出してみろよ!」

周子  「一欠片の反省もないようですね。」

柳田  「反省ってなんだよ!俺の愛し方を否定するなよ!お前にはわからねーだけだよ!。」

周子  「どうなさいますか?」(天井を見上げながら)

柳田  「・・・はぁ?」

周子  「実は、もう一人の迷い人が、答えを出せずに我が家に滞在しておりました。」

柳田  「な、何言ってんだ?」

周子  「答えを出せずにいた分、あなたへの恨みは相当なものになりました。」

柳田M  足元の影が揺らめいた。

周子  「出てきても大丈夫ですよ。」

柳田M  影が大きく膨らんでゆく。

周子  「あぁ、そんなに鳴かないでください。彼にはまだ、聞こえませんから。」

柳田M  この女・・・誰に話かけているんだ?

周子  「私がいいと言うまで、よく頑張りましたね。いい子いい子。」

柳田M  汗が溢れ出し、服がべっとりと体にまとわりつく。

周子  「この子をこんな風にしてしまった事も、上乗せされるのでしょうね。」

柳田M  ゆっくりと天井を見上げると、そこには・・・。

周子  「さぁ、選びなさい。」

柳田  「お、お前はあの時の・・・!!!!!あ・・・あぁあああぁぁぁっっっ!!!」

猫   「(柳田の叫びと同時に)ニャアアアッッ!!!!!!!!!」

柳田  「ゴボッ・・ア・・ガァ・・・・・(倒れて死亡)」


  間。


周子  人間には本能と理性があります。

    人間としての営みには両方が必要です。

    最初は理性あるお付き合いを望まれていたのかもしれませんが、

 

    結果、本能の赴くままに行動をしてしまった。

    しかも、愛する彼女が彼の行動の引き金を引いてしまった。なんとも皮肉ですね。

    幼少期の度重なる出来事から形成された彼の人格に、彼女は必死になって抗っていた。

    しかしこれは、彼女一人でどうにか出来る代物ではなかった。もちろん、柳田様お一人でも。

    愛のチカラだけでは、どうにもできない事があります。

    今回の出来事は、それがよく分かる事例でした。

    
    ワタクシの担う「導きの魔女」を放棄したくなるほど、胸糞悪い出来事でございました。

    でも、彼が道を選ぶ前に、先客の対応ができただけでも良しとしましょう。

    
    ここは「心のよろず屋」 迷い人を次へと誘うのがワタクシの役目。

    どのような選択をされようと、ワタクシはただ次へと導くだけ。

    もし、心に迷いが生まれ、一人では解決できなくなった時は、どなた様もお立ち寄り下さい。

    いつでも門は 開いておりますので。

 

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